こころ遊多加な介護へ

暮らしといのち

山を越える

どこかにピークがあって

その先は穏やかになだらかになっていく。

結果論だけれど長丁場の介護のプロセスには

この「山を越える」ときが必ずあるように思う。

 

たまたま運よく私は越えられたが

越えられずに事件になってしまう人の心も

決して他人ごとではない。

 

越えられるかどうかは

まわりの協力だったり

自分の忍耐力だったり

要介護者の変化だったり

人それぞれ条件があまりにも違うので

共通のルールは成立しない。

 

お金があればいいというわけでもないし

がんばればなんとかなることでもない。

 

結局「運」につきるんじゃないか。

 

私はたまたま運がよかった。

なだらかな下り坂になってきた今

つくづく実感する。