若い頃、まだ返還前の香港に旅をした。
見るものすべてが珍しかった。
特に道路の標識には「譲」の文字。
連れが言うところによると
標識をたてなきゃならないほどに
譲らない人たちなのだと。
その話をこの頃よく思い出す。
年寄りと一緒にゆっくり歩いていると
苛立つ自転車やバイクがスレスレで
横切ったり追い抜いたりする。
前だけでなく後ろも振り返りながら
歩かないと危ない。
「譲」って標識立てればいいのに。
みんな苛立っていて急いでいて
不安ばかりを見つめている。
トンネリングを起こしていて
目の前に注意を払えないのだ。
こちらは慣れっこだから
安全策でさらにゆっくり。
彼らが望むスピードで先に行かせて
一拍置いてからのんびりと。
彼らに腹を立てることではない。
彼らだって自分の中の
不安の正体には気付いていないのだ。