こころ遊多加な介護へ

暮らしといのち

よみがえりの日々

昨年の今頃の下書きには

こんなことを書いていた。

 

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日一日と人生の終焉に向かっていく

いのちを見つめる毎日。

 

父はまもなく89歳で

いつ何があってもおかしくないし

どちらかというと天寿を全うできたと

すがすがしい結果が訪れるはず。

 

だが

私の中にいまくすぶり続けている不安がある。

 

それは決して

別れがつらいわけではない。

過去を精算したいのでもなく

この先の未来への心配でもない。

 

不安の正体は

寿命を決めてしまうのが

日々私が作る食事や環境によるということ。

 

つまり一人のいのちの限界を握るのが

私だけなのではないだろうか?

 

私がもし現状にそぐわないことをしてしまったら

食べてはいけないものを出してしまったら

目の前のいのちはいとも簡単に失われる。

 

「その鍵を握るのが私一人だけ」

という重圧が日々大きくなってくる。

 

これが他人なら

チームを組んで全員が同じ距離で関われる。

 

家族の場合は全然違う。

 

医療が入っても介護が入っても

結局すべてを決めて判断するのは私だ。

相談できたとて みな帰ってしまう。

 

私が決めなければならない。

私の手の中に

ひとりのいのちがかかっている。

 

重圧の「理由」に

やっと気が付いた。

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重い。

この頃は必死だった。

 

ここから半年後はさらに重い日々が続き

年末年始はもはや記憶がない。

 

ところが2月

父はこの期に及んで

突然の入院 からの施設。

 

全部やり遂げたいという想いよりも

想定外の解放はあまりにも大きかった。

 

世界はこんなにも広く自由だったんだ。

 

乾いた記憶に

一滴ずつ水をかけていくような

よみがえりの日々。

 

脳細胞を一つずつ

オセロのように返していく。

 

最近はそんな毎日。

 

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