両親とも昔から
「自分の知っている世界がすべて」で
新しいことを学ぶでもなく
半径1mくらいの情報量で
とても狭い世界を生きていた。
高齢になるということは
どうしたってさらに世界が狭くなるのは
やむを得ないのだろう。
介護するということは
かつて「親」として君臨した人たちの支配下を抜け
その人の視界を把握しながら
全体を見渡してよりよい選択を
代わりに決めていくことなんだろうと思う。
どんどん狭くなる視野と口数と
少しずつずれてくる言葉に
日々対応を変えながらも
なんとか父の全体を見渡せるように
アンテナを伸ばし続けることは
まあまあ わりと鍛錬の毎日。