最後に食べるものとか
最後に見た景色なんかを
意識するようになったこの頃。
父の最期はこれでいいのか。
最後の食事はこれでいいのか。
最後に見る景色はこれでいいのか。
そこに悔いは残らないだろうか。
そのことばっかり気にしている。
病院に入った母には
こういう揺らぎを覚える暇もなかったので
ゆっくりじっくり考えられる今は
あんがい最初で最後の
貴重な時間なのかもしれないと思う。
何もなくてもいいから
ただそこに誰かがいること
そのことで最後の季節に幸福は作られる。
ひとがそばにいること。
これがすべてなんだ。