食べることも行ける場所も限られる高齢者の
こころを満たすのは
「ここにいていいのよ」
っていう場所があることではないかと思う。
動けなくても病でもどんな状態であっても
「ここにいていいのよ」と
許される場所があるということ。
いつ行っても自分の居場所があること。
老いた親が子と一緒に住まないのは
無条件に「うちに来ていいのよ」とまでは
受け入れてもらえないからなんだろう。
周辺症状が強い認知症患者が
病院や施設では驚くほど落ち着いているのは
「ここにいていいのよ」って
全力で受け入れてくれる場を得ているから。
そういう人たちばかりが迎えてくれるから。
たった一人でも許してくれる人がいれば
人は幸せに生きていける。
平成長屋とはそんな場所。