こころの安全を守るためには
ウソ方便。
認知症があってもなくても
高齢で施設に入っているならば
現世のこまごましたことに
こころとらわれることなく
安心してのんびりしていてほしいから。
そのために私がいるんだし。
人間関係も同じ。
全部伝える必要なんかなくて
その場がうまくまわるように
言葉を選んでいけばいい。
最終的に知らないままだったとしても
それはいいんじゃないかな。
私のところで全部分かっていれば。
例えて言うならダムみたいなもの。
全部伝えると大洪水になっちゃうけど
私の中に全部をためておいて
必要な時にその人にちょうどいい量だけ
ほんの少しずつ流していく。
大切なのはその人の「こころがうるおう」こと。