映画「象の背中」では
緩和病棟で最期を看取る
家族像がていねいに描かれていた。
人が息を引き取る瞬間って
そう体験できるものではない。
母の最期は深夜に駆け付けたため
わずか5分まに合わなかった。
それは今でも悔やまれる。
かわりに父の場合は
経験できるのだろうと思って
用意周到に準備していた。
が
入院して転院してこの先も戻らない
ということになると
「ああ私は看取り体験ができないんだ」と分かる。
私が思う最期のイメージは「象の背中」みたいに
長年の寝たきり介護で
夜中に何度もトイレに連れていくとか
毎日何度もオムツを替えておしりを拭くとか
それが何年も続いたのちに
最期の瞬間には手を握って
「お父さんっ!(号泣)」
みたいな感動の別れ。
そんなシーンを演じるのも
ちょっと憧れではあったのに
全然そうはならなかった。
やっぱり私のミッションは
介護ではなくあくまでも
「関係性の調整役」。
社会や他人とのつなぎ役であり
なおかつ
こころの中を満たすこと。
それってまんま「後見」で
社会の中で他人様にも
そのまま同じことをしている。
t天王星がn月(n金星オポ)を通り越したので
自分も暮らしも人間関係もすべてが変わる。
それでも私はきっと
次の人や社会の中でこの先も
同じことを続けていくんだろう。